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【アヴィノフェスタで知ってみよう☆】

「シチリア・サルデーニャ ~征服され続けた歴史の中に育まれる強さと美しさ~サルデーニャ編」

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話は、地中海に浮かぶ、もう一つの大きな島「サルデーニャ」に話を移しましょう。
地中海で最も大きな島=シチリアが古代ギリシャやアラブを強烈な文化的背景にしているのとは対照的に、二番目に大きな島サルデーニャが描きこむ静かなる背景は、何と言っても「ヌラーゲ」になるでしょう。その歴史の古さはシチリアのギリシャ遺跡の比ではありません。シチリアの大ギリシャ時代が紀元前8世紀ごろをその始まりだとすれば、サルデーニャのこの古代遺跡の歴史は紀元前15世紀にさかのぼることができるのですから。サルデーニャ全土に 7000〜8000も存在し、世界遺産にも登録されるこの石の塔の用途は未だ不明な部分を残しているといわれていますが、我々イタリアワインファンがピンと来る言葉でもあります。そう、「ヌラーグス」です。サルデーニャでもっとも耕作量の多く、歴史的にも古い白葡萄「ヌラーグス」という土着葡萄の名前です。「ヌラーゲ」と「ヌラーグス」この二つの名前の相関関係は不明ではありますが、ワインを通して古代と現代が混じりあう品種が現在に存在するといだけで、サルデーニャの歴史の深さを感じます。

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そして、ローマ崩壊後のサルデーニャを支配するのは中世の地中海を縦横無尽に行き交いしていた四大海洋国家の二つ、ジェノヴァ共和国とピサ共和国でした。カリアリ大聖堂のファサードはなんとピサ大聖堂に似ていること!葡萄の世界なら、サルデーニャに東方から「マルヴァジア種」をピエモンテやエミリア、そしてトスカーナにもたらしたのは、彼らイタリアの海の民達。

シチリアと共通して、ルネサンス期以降近世に南イタリアを支配したスペイン。シチリアではレッチェ、ノート、カターニアでは絢爛たるバロック文化の花を開かせたスペインですが、サルデーニャでその花を見ることは希です。でも、その艶やかな花はワインの世界で見事に開花しいています。ヴェルメンティーノはコルシカから、カンノナウはセヴィリアから、カリニャーノはアラゴン、トルバートはカタロニア、そしてその他ボヴァーレ、ジロ、ナスコなど、現在のサルデーニャワインシーンを彩る数々の土着品種の起源はスペイン統治時代に見ることができるからです。

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しかし、これらのローマ化、キリスト教化、スペイン化、つまり文明化した地域は海岸部にしかなく、取り残された(あるいは自ら退いた)内陸部の人たちは「羊飼い」として独自の社会を持つに至りました。塩野七生さんは「イタリア遣聞」の中で、サルデーニャの「羊飼い社会」についてとても興味深い現実=「法の外の文明である」と指摘しています。またイタリアソムリエ協会の「エノグラフィア」の「サルデーニャの歴史」にも「羊飼い文化」の特殊性が被抑圧者の営みとして書かれている事から想像出来るように、特殊性の文化がそこには存在するという事です。

そして羊飼いと来ればチーズを外すわけには行きません。イタリアの中南部をカバーするペコリーノチーズ!

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その影の歴史にも注目して欲しいと思います。実はペコリーノ・トスカーノとは、戦後、北部イタリアの工場労働者になった、対岸トスカーナの農民が見捨てた土地に住み着き、極貧の中から生活を営んだサルデーニャの羊飼いの移民たちのチーズであり、ペコリーノ・ロマーノに至っては、生産量のなんと90%がサルデーニャ産のチーズなのです。何なんでしょう?この矛盾とミステリーに満ち溢れた美味しい世界!(思えば30年前、わけがわからないまま異様な感動に包まれた、私が人生で始めて観たイタリア映画がサルデーニャの羊飼いを主人公にした映画「パードレ・パドローネ」でした^^;)シラクーサの謎は解決しましたが、サルデーニャの羊飼いの謎は一筋縄には行きませんネ、笑。そんな歴史のあれこれも含めて、さあ皆さん、シチリアとサルデーニャのワインを思う存分、飲んだッリ~~ナ!!

ラ・ヴィネリア・ブラヴーラ ソムリエ 高岡洋文
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by amiciviniitaliani | 2014-09-27 18:31 | アヴィフェスvol.5島ワイン
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AVIによるイタリアワインの啓蒙と普及の為のブログ


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